明智光秀も足ツボで免疫UP

皆様こんにちは清水です。

 

最近食べ物の話ばかりでしたので、本日は明智光秀についてです。

急に歴史(笑)

 

自粛生活のおかげで、今まで見ずに溜まっていた録画番組を見ていたら面白い内容が紹介されていたのです。

それが、

 

【明智光秀が病にふせっていた際に、足ツボの『湧泉』を押していた】

 

です!

明智光秀も足ツボマッサージをしていたかと思うと、親近感が湧いてきちゃいます(^▽^;)

赤〇が【湧泉】

大河ドラマ『麒麟がくる』の主人公ということで、『NHK歴史秘話ヒストリア』でも明智光秀について特集され、秀光が信長に仕える前の新たな説や病にふせっていた時のエピソードが紹介されていました。

 

【明智光秀は医者だった?】

2014年に熊本で見つかった「針薬方(しんやくほう)」という医学書に

“右一部、明智十兵衛尉高嶋田中籠城之時口伝”

と、光秀が近江・高嶋田中城に籠城(1566年)していた際に足利義昭の側近に出産や刀傷の対処法を口伝えたことが記されていたのです。

当時としては高度な医学的知識に関する記述などから光秀が信長に仕える前は医者として生計を立てていたのでは?という説が浮上したそうです。

 

出自や生年、生誕地や青年期の履歴に不明が多い光秀が、医者だったかもしれない説が本当であったかは分かりませんが、「針薬方」をまとめた熊本藩細川家・細川藤孝家臣で家老職、細川家米田氏初代の米田貞能(こめださだかず)、伝え書いた沼田勘解由左衛門(ぬまたかげゆざえもん)は若狭三方郡熊川城主の沼田光兼の四男で足利義昭に仕えているちゃんとした方々なので信憑性はあるのかもしれませんね。

 

【明智光秀ウイルス性感染症でダウンする】

天正3年(1575年)丹波攻めで敗走し、さらに翌年石山本願寺との天王寺の戦いでも苦戦をした後に病にかかります。その病が『労』という全身がやせ細り皮膚が乾燥しお腹に塊ができ咳がとまらなくなる病、また『風痢』という病で、ウイルスによる伝染性の胃腸などの(ノロウイルスのような)感染症であったそうです。※労=風痢かも

 

この時、光秀を治療したのが戦国の名医【曲直瀬道三(まなせどうざん)】

田代三喜(たしろさんき)について李朱医学を修め、将軍足利義輝、細川晴元、三好長慶、松永久秀らの厚遇を受け、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康らにも重んじられ、日本医学中興の祖と称される名医。

この方の針治療を受けて光秀は回復するのですが、その曲直瀬道山がすすめたのが、

 

足裏にあるツボ【湧泉(ゆうせん)】なのです。

 

≪湧泉の場所≫

両足の人差し指と中指の間の下、足裏をぎゅっとしぼめたときに少し凹むところ

≪湧泉の効能≫

万能のつぼと言われ、湧泉を押すと全身の血行が刺激され、特に下半身の血行が良くなります。足の疲れを取り強くするほか、高血圧・冷え・のぼせ・むくみ・白髪の増加を抑える・不眠・生理痛・腎臓疾患などにも良いとされます。

 

『このツボを毎日120回押すといいよ』

 

と言われて本当に毎日押していたかは不明ですが、毎日足ツボマッサージをしていれば自然治癒力UPで免疫力UP、足のむくみも取れてホッソリであることは確かかな。

ふくらはぎ気持ち

実は大河ドラマの『麒麟がくる』を私は見ていません(-_-メ)㏋のあらすじをざっと読んだだけなのですが、関連するエピソードがこれから出てきたら面白いですね。ツボ押ししてくれるかしら。

『望月東庵』という登場人物は架空の方のようですが、もしかしたら【曲直瀬道三】を連想させているのかもしれませんね。